July 8, 2006

57. 【イベント告知】 次世代文化フォーラム「アート・テクノロジー・サイエンスの領域を越えて」

イベントのお知らせです。このフォーラムを主催する財団法人国際文化交流推進協会(ACE JAPAN)の担当者の方から、わざわざ当サイトへの告知文掲載依頼をいただきました。

普段から色々とオープンに書いていると、ときどきこういう話が舞い込んでくるので楽しいですね。もちろん、僕自身が面白そうだと思わなければ、頼まれたからといって何でも掲載するわけにはいかないですけど。今回のコレは、フォーラムの中身が非常に興味深い。

まずは、以下に基本的な内容を書きます。ただし、公式情報あるいは最新の詳細な情報については、ACE JAPANウェブサイト内の告知ページを参照してください。

次世代文化フォーラム「アート・テクノロジー・サイエンスの領域を越えて」

開催日時: 2006年8月30日(水)14:00-17:00
開催場所: 東京大学安田講堂

趣意:
1. 本フォーラムは、社会一般の自然科学に対する理解・認識を芸術表現活動によって深めることを目的とした『知の統合プロジェクト』の第一弾として企画する。
2. 本フォーラムの目的は、「科学すること」及び「芸術すること」の根底にある美的感性の重要性や、その感性を育む社会的文化基盤の重要性を訴えることにある。
3. 本フォーラムの狙いは、国際社会における科学・技術・芸術の異分野交流を促進させることである。

構想内容:
1. 科学・芸術分野の代表者に参加してもらい、科学・技術・芸術の融和領域によって育まれる次世代文化について展望していただく。
2. 異分野交流運動を推進している欧米の団体代表を招き、欧米における科学・技術・芸術分野統合の動きを紹介する。
3. 現代を代表する先駆的アーティストによる映像芸術を織り交ぜたパフォーミング・アーツによって、現代科学思想の中に表象される美をテーマとした芸術作品を提示する。
4. フォーラム終了後に出席者と参加者の交流を深めるレセプション・パーティーを開催する。
5. 対象とする主な観客層は理工系・芸術系の学生を中心とした青年層、及び科学研究、芸術文化対象者とする。

主な演者・参加パネリスト等:
アーサー・ミラー(ロンドン大学科学哲学/歴史学名誉教授)
野依良治(理化学研究所理事長)
小宮山宏(東京大学総長)
黒川清(日本学術会議会長)
河合隼雄(文化庁長官)
立川敬二(宇宙航空研究開発機構理事長)
鵜山仁(新国立劇場・演劇部芸術参与)
石井幹子(照明デザイナー)
逢坂恵理子(水戸芸術館現代美術センター芸術監督)
小井出五郎(科学技術ジャーナリスト会議会長/元NHK解説委員)

ウェブサイト(ACE JAPAN): http://www.acejapan.or.jp/(詳しい内容の紹介、参加申込方法などが掲載されています)
関連ブログ(知の統合プロジェクト): http://blogs.yahoo.co.jp/nifdir

というように、このフォーラムは「知の統合プロジェクト」という大きなプロジェクトの第一弾イベントとして開催されるんですね。

僕が担当者の方からいただいた資料の中には、プロジェクト全体の狙いについて書かれている部分もあったのですが、読んでみるとそれもまた非常に面白い。まあ、「知の統合」のネーミングの仕方には多少野暮ったさがあるような気はしますが……。そういうふうにしないと受けが悪いのかな?

なにはともあれ、僕が感心した文章をここに引用させていただこうと思います。少し長いですが、ぜひ読んでみてください。

科学と芸術はその方法論こそ違え、元来、世界に内在する調和の希求と探究へと人類知性を駆り立てた人間精神の発露を具現化する方法手段でありました。芸術であれ科学であれ、歴史の偉大な識者たちの不滅の仕事の根幹を支えていたのは“ある個人を、そしてある分野を、さらにはある時代を突き動かしている、あるひとつの偉大なイメージ”であったように思われます。19世紀産業革命以降、科学的知識の探究は実社会での応用性とそれに伴う利潤の追求へ、芸術創造の探求は名声と権威獲得の追及へと傾倒し、学術の本質である内在的精神性に基づく知性への探求は徐々にその影を潜めてしまいました。

21世紀グローバル化時代を迎えたいま、私たちは人類を世界調和へと導き示してくれる“あるひとつの偉大なイメージ”をかつてないほど希求しているように思われます。現代の大量消費・破壊時代に生きるわたし達は、自らの存在と自然界とのグロテスクな不調和性を漠然と意識下に感じ取っています。科学がこのような時代に生きる私たちに与えてくれるのは、技術発展による効率的生産性が生み出す豊かで安逸な生活環境や、医療進歩による健康余命(あるいは軍事兵器開発による脅威)だけであっては決してならないのです。科学知識は私たち人類に、自然現象の深遠且つ神秘的崇高美を垣間見せてくれ、人間精神に尽きることのない詩想や想像性を喚起させてくれる、造的知性と感性の源泉なのです。

理性による分析と計算を通して知られる自然現象(科学知識)を、人間感性に強く働きかける抒情詩的表現(芸術)によって叙述することで、私たち人間がこの美しい自然の体現そのものであること、そして我々個々人はこの人間社会の一員である以前に崇高な自然連鎖の一部であるという事を、科学と芸術は今、手を取り合って人々に伝えてゆくべきです。人々の知的好奇心を喚起し、個々人を偉大な仕事へと駆り立てる偉大なイメージの形成は、科学と芸術による知の再統合によってのみ、為されうる仕事なのではないでしょうか。

「知の統合プロジェクト」は、1)自然科学の知識の中に表象される美の本質を芸術文化活動によって伝えてゆくこと、2)これらの活動を通して国際的な科学・技術・芸術の横断的協働ネットワークを広げてゆくこと、3)21世紀人類の肥沃な知的文化基盤を創造してゆくことを使命として発案されました。

どうですか?なかなか刺激的でしょう。これは、僕の個人的な興味ともけっこう合致する部分があるんですよね。「科学と芸術による知の再統合」というのは、本当に昔から「なんとかならないものかなぁ」と思い続けていたテーマだから。

下記は、このテーマに関連して、僕が『fifthJ』というフリーペーパーの創刊号(2005年6月13日発行)に寄せた文章からの抜粋。一部加筆・訂正した上で掲載します。

『芸術と科学の融合』という言葉を耳にするのは、今や珍しいことではない。しかし、一体どれだけの「意識」が実際に融合しているのだろうか。僕がこのような疑問を抱きはじめたのは、ずいぶん前のことだ。そして、サイエンス(生物学)を自分の専門としてからのここ数年間は、特にそれを強く感じるようになった。

現在なわれている「融合」の多くは、サイエンスの視覚的・聴覚的に美しい部分をアートとして見せたり、新しいテクノロジーを生かした芸術作品を提示するなどという試みである。しかし、これらは表面的な融合に過ぎず、そこには目新しさも存在しない。歴史を振り返ってみれば、幾人もの風景画家が自然の情感(これはサイエンスの視覚的に美しい部分といえる)を切り取ってきたし、フェルメールはおそらく最も魅力的な方法でカメラ・オブスキュラというテクノロジーを使いこなしてみせた。時代が下れば、写真家や映像作家と呼ばれる人々も登場した。電子音楽やコンピュータ・グラフィックスの興隆もこれらの例に含めてよいだろう。

さらに近年では、サイエンスの概念を取り込んだかのような芸術作品も、少なからず見かけるようになった。特に、宇宙工学や量子化学、進化や個体発生のイメージ等は人気があるようだ。しかし残念なことに、そのように流用されたサイエンスの多くは幾重にも切り刻まれ、加工され、もはやサイエンスと呼べる形態を示さない。

もちろん、こういった現状は否定されるべきものではない。それはそれで、ある種の作り手や受け手を楽しませる要素を持っている。しかし、僕たちにもっとも不足している融合、そして最も必要とされている融合は、そのような形式上のものではないはずだ。それぞれの分野に携わっている者たちが、互いの思想を交流させることができなければ、人々の意識はどんどん乖離していく。今、アーティストとサイエンティストが妥協することなく互いの意思を表明しあえる場所がどれだけあるだろうか?

そして、やっかいなことに、これはアートとサイエンスだけの問題ではない。「柔軟な意識の交流」の欠落は、あらゆる専門分野に通底しているものなのである。

というわけで、僕はこのフォーラムにかなり大きな期待を込めて参加を申し込みました(まだ返事はきていないけど)。まあ、期待通りの内容になるのか、あるいはそれを上回るのか下回るのか、行ってみないとわかりませんが、少なくとも「このようなテーマに関心を寄せる人たちが、実際にどんなことを考えているのか」ということを知るチャンスだと思っています。

「定員数を越えた時点で受付を締め切らせていただきます」なんて書いてありましたが、今からでも(たぶん)遅くはないと思うので、みなさんも参加を検討してみてはいかがでしょうか。

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