- June 22, 2006
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55. ストックホルムにて<2> ある脳科学史家の話
前回に続いて、スウェーデンでの話。
> 前回: ストックホルムにて<1> 序章
学会参加者の間でも、時期が時期だっただけに、ちょっとした雑談などではサッカーのワールドカップがよく話題に上りました。色々な国から人が集まってきているので、共通のネタとしては最適だったんでしょうね。みんなニュースや新聞で情報をチェックしていたみたい。
学会を離れて、街を歩いているときも同様。ストックホルムでは個人的に散策する時間はほとんどありませんでしたが、それでも、たとえばタクシーの運転手さんやコンビニの店員さんなどと少し話をすると、「日本からきたの?明日オーストラリア戦だよね。タフな試合になりそうだけど、勝てるといいね」とか「昨日は絶対に日本があのまま勝つと思ったんだけど、残念だったね」などという具合に声をかけてくれた。みんなすごくサッカーに詳しかったな。そんなスウェーデン、イングランドと共に決勝トーナメント進出が決定しましたね。おめでとうございます(と、ここに書いてもしょうがないですが)。
さて、その日本-オーストラリア戦の翌日のことです。ディナーの席で僕の目の前に座ったのが、なんとオーストラリア人の夫婦でした。
ひとしきり「いや、昨日はどうも」などという話をした後、聞いてみると、奥さんのほうは脳科学史を研究している方だという。専門は19世紀。面白そうだったので、いろいろと質問をしてみました。
以下、僕と彼女が交わした会話の内容です(インタビュー風にまとめてみました)。
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Q. 科学の歴史、特に19世紀の脳科学を研究されているとのことですが、こうやって学会に来て、現在の脳科学の進展を見るとどうですか?「歴史の研究」という観点から、今のサイエンスの問題点などが見えたりしませんか?
A. 脳科学がどんどん進んでいく様子を見るのは、私にとっても非常に刺激的なことです。19世紀が専門といっても、そこだけを見るのではなく、やはり現在とのつながりや流れを追うことは大切ですしね。あなたも頑張って。
問題点については、そうですね……今の時代は、研究に関する些細なやりとりが後に残りにくいということがあるかしら。
昔は、研究者同士のやりとりというのは書簡が基本でした。今のように気軽にできなかったぶん、そういった些細な資料の密度も濃かったし、きちんとした形で保管される可能性も高かったんです。
でも今は、遠くにいる研究者仲間にちょっとしたことを訊きたいというとき、メールを書けば済んでしまうでしょう?これはとても便利だけど、そうしたやりとりはアーカイブされにくい。その中に貴重なアイデアの交換があるかもしれないのに。歴史家としては、ちょっと残念なことかもしれません。
Q. しかし、言語の問題はどうでしょう。今の時代は、ほとんどすべての研究が英語で発表されていますよね。この学会も、英語圏以外からの参加者(僕もそうですが)が非常に多いけれど、みんなこうして英語をしゃべっている。でも、19世紀だと、研究者はもっと自国語で発表していたんじゃないですか?
A. そうね、正しい指摘だと思います。もっとも、私の研究機関で保管・研究されている資料は「19世紀の英語の文献」が主で、他の言語で書かれたものを手にする機会はそう多くないけれど。
昔の研究の場合、私がいつもびっくりするのは、「非常にいい研究であるにも関わらず、なかなか他の言語へ翻訳されずにいた」という資料がとても多いことです。オリジナルの研究が出てから、それが多くの人が読める形になるまで、ものすごく時間がかかっているケースが多いんですね。ここがもう少しスムーズに流れていれば、研究の進展はもっとずっと早かったかもしれません。
Q. なるほど。でも、今は「英語以外の言葉で研究を発表する」という選択肢がほとんどないですよね。もしそれをやったら、その研究が無視されたり見落とされたりする可能性はもっと高くなっちゃう。便利といえば便利だけど、「良いことなのか悪いことなのか」という問いを立てると、けっこう難しいと思いませんか?
A. それはすでに現実の問題になっていると思いますよ。たとえば、あなたが日本で研究をするとき、実験ノートは日本語で書いているでしょう?それに、小さな結果や荒削りな研究は、日本の学会や日本語で書かれた小冊子で発表していませんか?そして、その過程で磨かれ、洗練された研究成果だけを英語で発表するでしょう。
さっきのメールの話もそうですが、歴史を研究する立場からすると、些細な資料がすごく大切になる場面も多々あるのです。それが「言語の違い」という研究とは直接関わりのない原因で埋もれてしまうことになったら、寂しいことですよね。
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この後も延々とお話をさせていただいたんですが、まあ、このぐらいにしておきましょうか。いや、別にずっとこの話題で続けていたわけではなくて、「ところで旦那さんとはどうやって知り合ったんですか?」とかいうくだらないことも訊いたりしていたんだけど。
ばりばりの科学者とはちょっと違う視点からものを見ていて、しかもサイエンス自体にもきちんと精通している方(この人はもともと医学出身だった)と話すのは、なかなか得がたい経験で楽しかったです。
次回はまた別の人について。
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