- May 30, 2006
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52. 脳の高次機能と統合失調症
ひょんなことから、数年前に僕が書いた小論文が出てきました。今後、他の文書の中に埋もれて失くしてしまうことがあるともったいないので、ここに掲載しておこうと思います。改めて読むと未熟な部分も多々ありますが、加筆・訂正は敢えて必要最小限に抑えました。
以下、興味をお持ちの方はどうぞ。
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脳の高次機能という主題は、脳に何らかの障害がある状態を想定すると多少なりとも扱いやすいものとなる。先天的、あるいは後天的な理由で脳が正常に働かないとき、「生命体としての基本的な機能は残っているが、いわゆる人間らしい生活には困難が生じる」という事態はしばしば起こるものだ。このようなときに失われている機能は、少なくとも高次機能の一部であるとはいえるだろう。
さて、高次機能が障害を受ける原因には様々なものがあるが、ここでは一例として統合失調症(schizophrenia)を挙げる。現状では、統合失調症の理解には曖昧な部分が残されており、一般には「長期に渡って症状が持続し、投薬による鎮静化が要求される状態」および「再適応のために心理社会的なリハビリテーションが必要な状態」として診断される。はっきりとした原因も明かされていないし、その症状は他の精神疾患と区別しにくい場合もあり、単一の疾患であるということすら断定はできない状況である。
しかし、今後の研究の手がかりとなる知見は決して少なくない。まず、その原因については、どういった治療法が有効であるかという点から帰納的に解明できるに違いない。ドーパミンおよびセロトニン神経系に作用する精神病薬、あるいはClozaril(Clozapine)などといった薬剤の有用性が指摘されており、こうした報告がさらに蓄積されれば、神経回路の異常箇所やその原因をかなり正確に推定できるだろう。
また、生体の脳を直接解析するという手段も採用できる。fMRIやPETなどといった技術だ。実際、これらの方法により、統合失調症患者の脳とそうでない人の脳との間に見られる差異について理解が深まりつつある。具体的には、前頭前野の背側部が活動過多となり、帯状回の前部が停滞しているという状況が、統合失調症に典型的に観察されるものだ。
もちろん、こうした研究成果はまだまだ漠然としており、お世辞にも体系的に整理されたものとは言い難い。しかし、上記のような研究の進度から判断して、統合失調症の定義や診断基準がさらに明確にされ、その原因やメカニズムがミクロなレベルからマクロなレベルに至るまで総合的に理解される日はそう遠くないと考えられる。
このような理解が進むにつれて、実際の統合失調症患者がより多くの恩恵にあずかるであろうことは言うまでもない。しかし、それだけではない。ここには、医療という範疇を遥かに踏み越え、ヒトの脳の全貌を理解するための大きなヒントが隠されているのだ。
それはどういった類のことだろうか。ここで、統合失調症が影響を及ぼす脳の機能について、次のように整理してみよう。
A. 周囲の世界から正確な情報を受け取る機能
B. 情報を処理する機能
C. 処理した情報に基づいて決断を下す機能幻覚、幻聴、刺激に対する誤った方法での反応、新たな技術獲得に困難を生じること、妄想、解体した会話、思考の貧困などといった統合失調症の諸症状は、すべてA-Cの機能障害のいずれか、あるいはその組み合わせによって生じるのである。
面白いのは、これらA-Cの機能が、ヒトの概念認識および価値判断に密接に関わってくるということである。人間が構成する社会という集団の中では、個人の行うほとんどすべての入出力は、それが意識的なものであれ、無意識的なものであれ、常に何らかの価値認識やイデオロギーを有形無形に伴うことになるのだ。これは、ヒトにおいて脳の高次機能の真髄が発揮されている一例といえる。
各ステップの詳細は次の通りだ。まず、様々な事象を概念に変換して認識する「圧縮」過程がある。もちろん、ここでいう圧縮とは、単なるシステマティックな情報劣化フィルターではない。個々の脳によって、主観性や恣意性の入り込む余地がある。ただ、環境に溢れかえるあらゆる情報をそのまま認知して処理するなどということは不可能だから、この過程はかなり重要だ。人間にとって、無意味な数字の羅列や計算といった情報の取り扱いが困難であるのも、それらがいわば圧縮不能であることも原因の一つなのではあるまいか。
ともあれ、ヒトの脳はこうして収集された概念を組み合わせながら、思考活動(情報処理)を行うのである。しかし、それだけでは終わらない。概念の認識と処理、そして価値判断という現象は、それらが外界に向けて表象されることにより、はじめて社会的な意味を持つ。その際には、概念ではなく現実に立ち返って、何らかの決断や行動を起こす必要があるのだ。この表現・表象の過程は、上記Cの機能によるところが大きい。そして、先ほどの「圧縮」というアナロジーに対応させるのであれば、こちらは「解凍」と呼ぶことができるだろう。もちろん、この解凍も単なる一方向の復元プロセスではなく、恣意性や多様性を含んだものとなる。
たとえば、ある人が、概念プロセッシングの段階で「アメリカ資本は発展途上国を経済的支配下においている」と認識したとする。彼/彼女は現実の事象に立ち返って、「アメリカが悪い。アメリカ国民は抹殺されるべきだ」と判断するかもしれない。しかし、同様のプロセッシング段階を経たとしても、現実に向き合う際にはさらに多様な情報を求め、慎重な判断を下す人もいるだろう。これは、「解凍ツール」の性能に違いがあると捉えることができる。
こうした議論、特に表象より先の部分については、現在は主に社会心理学や社会哲学と呼ばれる学問のもとで探求されている。しかし、それらの学問領域もいまだ未開拓の部分は大きい。たとえば、何らかの形で外界へ表象された価値判断は、新たな情報として同一の個人が再び認知し得るものとなるが、このような循環現象をどう扱えばよいだろうか。こういった問いに対峙すると、多くの学問はしばしば袋小路に追い込まれてしまう。しかし、このような複数の脳の相互作用の結果として生じる諸現象こそが、脳の高次機能の最たるものなのだ。
このように、「統合失調症の包括的な理解」という目標は、医学的な視点だけから評価されるべきものではない。他の多くの学問分野も多大な興味を示している領域に対して、決定的な一手を打つ布石となり得る可能性を秘めているのだ。
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