March 12, 2006

44. 精神的ファイア・ウォール

前回の記事に続いて、お葬式に行ってきて感じたこと。今日は、普段から考えていたことを絡めて書いてみようと思います。多少デリケートな話題にも踏み込むかもしれませんが、プリミティブなアイデアの垂れ流しですから、あまり気にしないで読んでください。

まずは、ある言葉を引用しましょう。以前、このブログで『EV.Cafe - 超進化論』という村上龍と坂本龍一の鼎談集を紹介しましたが、この二人はけっこうたくさんの仕事を一緒にやっていますね。今回引用するのは、『存在の耐えがたきサルサ - 村上龍対談集』という本の中にある、坂本龍一の発言。

「靖国ファイア・ウォール」

というものです。

コンピュータ用語で「ファイア・ウォール」といえば、「ネットワークを介して出入りするデータの中から必要な通信だけを残して、悪質な(可能性のある)アクセスを防ぐ機能・装置」のことですね。ソフトウェアとして出回っているものも多いし(Windows XP SP2には標準機能として組み込まれていますね)、もっと高い性能が要求される場合には、ハードウェアとして用意されることもある。

坂本龍一は、「戦没者」という(善悪すべてを含んだ総体としての)概念が、靖国神社をスルーすることによってすべて英霊化=無害化して取り込まれる現象を指して、「靖国神社はまるでファイア・ウォールのようだ」と言いたかったのでしょう。なかなか鋭い言葉ですよね。

しかし、このメタファーとしての「ファイア・ウォール」は、そういう状況でしか機能しないのか。そして、それは果たして靖国神社に特有なものなのか。そう考えてみると、宗教というもの(ある特定の宗教ではなくて、宗教一般)の中に、けっこう普遍的に「ファイア・ウォール機能」が存在するんじゃないかと思えてきます。

お葬式も、大抵の場合は宗教儀式で構成されています。僕がこの前行ってきたものは、仏教(曹洞宗)のお寺から住職さんがいらして、葬儀を取り仕切っていました。その様子を見ていると、なかなかうまい具合に場の雰囲気や感情の流れをコントロールしている。お葬式というのは、義理で参列しているだけの人たちにとっては退屈なものかもしれませんが、大切な人を失くした方々にしてみると、放っておけば色々な感情(特に負の感情)が流入してくる場です。儀式を見ていると、住職さんはそのフローをちゃんと制御しているんですね。抑えるところは抑えて、涙を流すべきところでは泣かせる。立派な「精神的ファイア・ウォール」です。

普段は「信仰」ということを意識していないだろうと思われる人でも、意外に乗せられている様子が印象的でした。これが常日頃から信心深い人間であれば(たとえ宗教はなんであれ)、いつでもこの精神的ファイア・ウォールの作用で感情を安定させることができるのではないか……などと想像。まあ、あくまでただの想像ですけど。

さて、それでは、敢えて信仰心を持たないスタイルを選択している人はどうなのか。サイエンスのフィールドにはそういう人の割合が大きいはずで(もちろん信仰を持っている科学者もたくさんいますが)、僕もこのグループに当てはまります。

思うに、宗教の力を借りたものはGUIが用意されている商用ファイア・ウォールみたいなもので、様々な状況に対する処置がパッケージ化されたプリセットとして組み込まれている。だから、それを拒絶する人は、個別のケースに自力で対応していかなきゃいけないんだと思います。もちろん、それはとても骨の折れることです。理屈っぽくもなります。ただし、そういう作業を厭わない、むしろ楽しんでやる人間もいるわけですね。まるでファイア・ウォール用のマシンを一から自力で構築する人のように。

そういうことを妄想していると、自分がいかに信仰心から離れていても、それを持っている人の生き方もけっこうすんなり納得できる気がしてきます。

「セキュリティ・ポリシーの設計が違う!」などと言って叩き合うのは不毛ですよね。

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