- February 14, 2006
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42. ミステリ小説から見えるもの
先週は風邪を引いていたので、ベッドにいる時間が長くなって、おかげで色々な本を読みました。色々といっても、部屋に転がっていたものを未読・既読問わずに拾っていっただけですが。たとえばですねぇ……
・バートランド・ラッセル『哲学入門』(ちくま学芸文庫)
ラッセルの文章を日本語でまとめて読むのは、はじめてでした。しかし、この人が書くものについては、知識の素早いピックアップを目的とするのでもなければ、時間がかかっても英文で読んだ方がいいですね。明解でありながら深い含蓄に富む文章構成を、是非とも味わうべきだと思います。・オノ・ヨーコ『ただの私(あたし)』(講談社文庫)
オノ・ヨーコさんって、間接的な情報は色々なところからたくさん入ってくるんだけど、ご本人が書いたものはこんな感じなのか。ふーん。知らなかったよ。これを読んだ数日後、トリノ・オリンピックの開会式にオノ・ヨーコさんが登場したのでびっくりしました。いや、まあ、別にどうでもいいんだけど。・ロバート・キャパ『ちょっとピンぼけ』(文春文庫)
これは、何度も繰り返し読んだ本。ちょっと思い出したので読み返し。・エラリー・クイーン『エラリー・クイーンの冒険』(創元推理文庫)
あ、これこれ。今日お話したいのは、これです。******
エラリー・クイーン(フレデリック・ダネイさんとマンフレッド・リーさん)といえば、世界でも5本の指に入るぐらい高名なミステリ作家ですね。「じゃあ後の4本は誰だ」と言われると、えーと、その、ちょっと困っちゃいますけど。まあ、ポー、ドイル、クリスティあたりと並べてもおかしくないんじゃないかと個人的には思います。
……というようなことを書くと誤解されるかもしれませんが、僕は決してミステリ好きというわけではなくて、謎解きなどには格別な興味は持たない。もちろん、そういう仕掛けも楽しんで読むけど、ただそれだけ。あんまりディープに凝ったりしないで、面白かったらそれでいいじゃん、という感じです。
僕にとって、ミステリを読む本当の楽しみは別なものなんですね。それは、作品が書かれた土地や時代の文化・風俗等を知ることです。ミステリっていうのは、そういう味わい方をするのにかなり適しているんじゃないでしょうか。特に古典的な作品は。
どういうことかというと、まずは「常識」の丁寧な記述がある。これは、作品の中で、常識から逸脱していく過程と、その縒りを戻していく過程が肝になる場合が多いからですね。
そして、「常識」というのは、もちろんコンセプチュアルなことも含まれますが、それだけではありません。身の回りで日用品として使われていた/いるもの。嗜好品、衣服、装身具、家具、建築……。仕掛けによっては、用意する都合上、事細かに書かれなければならない。これはとても勉強になります。
ミステリ以外の小説だと、そういう「常識」は往々にして行間に埋もれます。常識だからこそ、殊更に書き立てられることが少ない。もちろん、描写を注意深く拾っていって、バックグラウンドを勉強して……という具合やっていけば、そこから知れることは多すぎるほどありますけどね。ミステリでは、それが割に手軽だということです。
たとえばシャーロキアンと呼ばれる方々の楽しみなんかも、そういう部分が無視できない比重を占めているんじゃないかな、と思うんですけどね。たぶん。どうなんでしょう。
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